・最高裁、性別変更の手術要件に違憲判決 4年で判断変更、社会意識の変化重視
性別変更のために手術が必要とする特例法の要件のうち、生殖機能をなくす要件は憲法違反で無効との判決を最高裁が下しました。手術の合理性が乏しくなり、社会の意識も変化したので、「意思に反して身体を傷つけられない自由」の制約として現行法は行き過ぎだと15人の裁判官が全員一致で判断しました。最高裁はわずか4年前に同じ規定について合憲と判断していましたが、社会意識の変化を重視した形です。なお、外観に関するもう一つの手術要件は、高裁で判断がされていないとして差戻になりましたが、裁判官3人が反対意見で、最高裁自ら違憲判決をするべきだったと述べています。
原告は、外観要件が差戻となったためにまだ手術が必要なことに不満なようですが、性的少数者からは生殖能力に関する要件の違憲判決を歓迎する声が出ています。一方、自民議員の一部等は判決を批判しています。政府は違憲判決を受けて、特例法の法改正のほか、刑法等の関連法の改正についても作業に着手する見込みです。
「性同一性障害の人が戸籍上の性別を変更するには生殖能力をなくす手術を受ける必要があるとする法律の要件について、最高裁判所大法廷は「意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか、戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている」として憲法に違反して無効だと判断しました。」(NHK NEWS WEB 2023年10月25日)
性同一性障害特例法の規定は違憲 手術無しでの性別変更めぐり 最高裁 | NHK | 憲法
10月13日のニュース・ブリーフで説明した通り、2004年に制定された性同一性障害特例法では、戸籍上の性別を変更するためには、生殖能力をなくす要件(「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」)と、外観要件(「他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること」)の二つを求めており、通常はどちらも手術が必要になっています。
このうち、無効判決がされたのは生殖能力をなくす要件で、最高裁は理由について、医療の考え方が変わったのに特例法の規定がそのままなのが不合理であることと、生殖能力をなくす手術を意思に反して要求することは重大な自由の制約であること、一方で、この規定をおいた目的である社会の混乱防止については、現在では混乱が生じる恐れが小さいこと等から、目的のための法的手段として現在の要件・規定は行き過ぎであり、憲法13条の幸福追求権を侵害するものとして無効だ、と判断しました。
医療に関する考え方の変化については、性同一性障害の治療は、特例法の制定当時は段階的治療という考え方に基づいていたところ、その後、臨床経験を踏まえた専門的な検討等を経てガイドラインの見直しがされ、2006年以降は、どのような身体的治療が必要であるかは患者によって異なるとして、段階的治療という考え方は採られなくなったそうです。また、特例法は、性同一性障害がWHOのICD(国際疾病分類)第10回改訂版等で「医学的疾患」とされていたことを前提としていたものの、その後、「障害」との位置付けは不適切であるとの指摘がされたため、2019年の第11回改訂版において、性同一性障害は「性の健康に関する状態」に分類されるようになり、それに伴い名称が「性同一性障害」から「性別不合」に変更されたとの経緯を最高裁は指摘しています。
性同一性障害を有する者を取り巻く社会状況については、2004年の特例法の施行から現在までに、1万人を超える者が性別変更審判を受けており、この間、法務省が、性同一性障害を理由とする偏見等の解消を掲げて人権啓発活動を行い、文部科学省は、2010年以降、学校教育の現場において性同一性障害を有する児童生徒の心情等に十分配慮した対応がされるよう、各教育委員会等にその旨を要請する通知を発出したり、教職員向けのマニュアルの作成、配布を行ったりしており、厚生労働省も、2016年、労働者を募集する際の採用選考の基準において性的マイノリティを排除しないよう事業主に求めるなどの取組をしてきた、と最高裁は指摘しています。
国際的には、生殖能力の喪失を要件とすることについて、2014年にWHOが反対する旨の共同声明を発し、また、2017年に欧州人権裁判所が欧州人権条約に違反する旨の判決をしたことなどから、現在では、欧米諸国を中心に、生殖能力の喪失を要件としない国が増加し、相当数に及んでいることも挙げられています。
ここまでは、ほとんどが2019年の合憲判決以前の話で、それ以降の事情として最高裁は更に、今年6月、LGBT理解増進法が制定されたことや、2020年以降、一部の女子大学において法的性別は男性であるが心理的な性別は女性である学生が受け入れられるなどしていることを指摘しています。
生殖腺除去手術の性質については、これが精巣又は卵巣を摘出する手術であり、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果をもたらす身体への強度な侵襲であるから、このような手術を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たるとしています。そして、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益だとして、こうした利益の実現のために上記のような重大な手術を意思に反して求める法律の規定は、その目的が必要かつ合理的でなければ許されないとしています。
そこで本件規定の目的についてみると、本件規定は、性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないこと、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくものと解される、としています。
そのうえで、性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数であること等から、本件規定がなかったとしても、親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなことであると判断しています。
また、上記の親子関係等に関わる問題のうち、法律上の親子関係の成否や戸籍への記載方法等の問題は、法令の解釈、立法措置等により解決を図ることが可能だとしています。既に、2018年改正により、成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けることが可能になり、「女である父」や「男である母」がいますが、現在までの間に、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じていない、としています。
これに加えて、特例法の施行から約19年が経過し、これまでに1万人を超える者が性別変更審判を受けており、性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われているので、社会全体にとって予期せぬ急激な変化が生じるとまではいい難いとして、聖職要件を失わせる規定の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきだ、と判断しています。
このため、本件規定は、上記のような二者択一を迫るという態様により過剰な制約を課す本件規定は、身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできないから、憲法13条に違反するので無効だ、と判断しました。
一方、原審(高裁での審理)の判断していない外観要件の規定につき、原審に差し戻すとしていますが、この点には反対意見があります。
反対意見の一つによると、外観要件を満たすための手術などは、精巣の萎縮や造精機能の喪失など不可逆的な変化があり得るだけでなく、血栓症等の致死的な副作用のほか、狭心症、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍等の副作用を伴う可能性が指摘される等、生命又は身体に対する相当な危険又は負担を伴う身体への侵襲ということができる、としています。
外観を変えないと男が女湯に入る等の批判についての述べており、厚労省の通知で一定年齢以上の男女を混浴させないことや、浴室は男女を区別すること等を定めており、外観要件の規定がなかったとしても、自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではないとして、性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しない、としています。
092446_hanrei.pdf (courts.go.jp)
NHKによると、この判決につき、原告は、外観要件については判断されず無効とならなかったので、「大法廷でも性別変更がかなわず、先延ばしになってしまったことは非常に残念」としつつ、「今回の結果が良い方向に結びつくきっかけになるとうれしい」とも話しています。また、過去に手術無しでの性別変更の申し立てをして、2019年、最高裁判所で「憲法に違反しない」とする決定を受けた当事者は今回の決定について「当然だとは思っていたが、ほっとした」と話しています(NHK NEWS WEB 2023年10月25日)。
性同一性障害特例法の規定は違憲 手術無しでの性別変更めぐり 最高裁 | NHK | 憲法
一方、「「手術要件」の堅持を訴えてきた自民有志の議員連盟などは慎重に対応を検討する構えだ」と産経新聞は報じています。ある参院議員は、「困った判決だ。戸籍そのものが壊される恐れがある」と批判しているそうです(産経新聞2023年10月25日)。
自民議連幹部「困った判決」 性別変更を巡る最高裁決定で - 産経ニュース (sankei.com)
政府の対応について、読売新聞は、森屋宏官房副長官が記者会見で、「関係省庁で決定内容を精査の上、適切に対応していく」と述べたと報じ、特に生殖不能要件」が違憲となったことにつき、「法務省幹部は刑法の堕胎罪や労働基準法の「産休」などに関する条文の改正が必要になるとみている。来年の通常国会への法案提出に向け、担当者を増やすなど、態勢を強化して準備を急ぐ構えだ」と報じています(読売新聞2023年10月26日)。
[スキャナー]性別変更の手術要件「違憲」、最高裁「社会の理解」重視 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)